マルタさんにまつわる自分のこと
マルタさんとのかけがえのない思い出は皆さんたくさん持っているだろうし、それは皆さんに語ってもらいたい。自分もマルタさんとは楽しい話を沢山しました、でもそれもこうやって書くことでもない気がする、だからマルタさんにまつわる、自分の話をします。
マルタさん、谷口マルタ正明を知ったのは、高校生の時にプノンペン・モデルの『東雲』を横浜西口のユニオンで買ったのが一番最初、アーシーでいいアルバム、買ってから20年近く経ってるけど、マルタさんの作品の中でもこれが一番好き。
その後、マヘルを好きになり、ラストワルツに度々行くようになった。A-Muzikのワンマンが一番覚えてるかな。ラストワルツではいつもギネスを飲んでた気がする、そのときは店長がプノンペン・モデルの谷口マルタ正明とはつゆ知らず。まだ富士屋があった頃だったから、焼酎飲んでベロベロになって、行ってたな。あの宝の小瓶、絶妙に飲みきれないサイズ。
ひかりのうまに初めて行ったのは小山さんとシェシズの対バンを見に行ったとき、これは覚えてて、なぜかというとほぼ全編爆睡したから。寝た記憶しかない。でも寝られるのはいいライブだけだから、いいライブだったんでしょう。最初の頃は他のライブハウスと同様に、普通に酒を持ち込んでいて、見つかってマルタさんに怒られたこともありました。もちろんある時期からはそんなことはしてません、ライブ中に油そば食いに行ったりしたけど。
時期を同じくして佐藤幸雄とわたしたちにハマりライブに通うようになった。2月の基本土日フジヤマ店頭、プラスチックスのCOPYをカバーした時、その時たまたま見に来ていたマルタさんが号泣していた、あれにはなんかグッと来たな。カバーの意外性と、号泣、忘れられない。
マルタさんと初めてしっかり話したのはニヒル牛の佐藤幸雄という男展の打ち上げで、西荻の居酒屋で隣になりいろいろ話したんだった。ひかりのうまで佐藤幸雄とわたしたちと賢いユリシーズのツーマンがやりたいんですよ、って言ったら「それ良いけど絶対お客さん少ないね〜」と言ってたな。それでもやらせてくれたので感謝。客が入らないと思ってても、何も勝手がわからない自分に企画をさせてくれたマルタさんは偉大。この日の感想ツイートが本当に好きなので、何度でも見せたい。
昨夜のひかりのうまは花火のようにキレイだった。キューピットはよい仕事をした。一夜明けてじわじわとうれしい。
— 谷口マルタ正明 (@t_maruta_m) 2019年11月17日
ひかりのうまでチェコの人形映画を流しながら、「この人形しろしろくんに似てるっていつも思うんだよね」って言われたことがある、普段から思い出してくれてるんだ、って嬉しくなった、似てるというのもわかる感じだったのがなおさら。
その優しさからマルタさんのことを東京の母と思っている、とマルタさんに言ったら「それ言うなら父でしょ」って言われたけど、マルタさんは母、なんだよな、父じゃない、自分でも不思議だけど。なんとなくなんだけどさ、母。あと「母じゃねーよ」って感じには言ってなかったと思うな。んミィさんのライブのときだった記憶がある、その場にいた人たちは覚えてるかな。もっと優しい言葉でした、多分。
昨夜は「母じゃねーよ」といいましたが、なんとなくそんな気もしてきました。父というよりは母かなと。 https://t.co/94FvZF0T9J
— 谷口マルタ正明 (@t_maruta_m) 2023年4月9日
酒を飲まないマルタさんは時折腰が抜けるほど濃いレモンサワーを出してきて、その遊び心もひかりのうまの良さだった。一度甲類焼酎が売り切れたとき、変わらない感じで麦焼酎でサワー作ってくれて、麦のハードな味わいに肝臓を撃ち抜かれた。あとコロナのときかな、最後まで残ってたら普通に酒の原価表見せてきて「こんなに高くなってるんだよ、ヤバいよ、値上げしないと」って言ってた、客に原価見せるのすごいけど、結局値上げとかもほとんどしなかったと思うしそれもすごい。誠意の人だ。そこも母っぽい。
願わくは、みなさんも、こんな薄い思い出を、恥じることなく、残してほしい、それだけです。
人生総括・婚活
何度目かと思われるかもしれませんが、オタクとしての人生が終わりました。まるで完璧な映画を見終わったあとのような爽快感、この人のオタクとして始まって、この人のオタクとして終えられたのは、奇跡みたいな確率だったと思う。
Twitterのフォロワーが最近名前を出してるアイドルがどんなのか気になって、Youtubeで聞いてみた曲が結構良くて、たまたまイベントに行ってみようという気持ちになって、せっかくだからチェキ撮りたいなって思って、いざ列に並んだらクソ緊張して、直前で別の子とツーショットを撮った、あれが自分のアイドルオタクデビューの日。忘れもしません。あの頃は大学生だった、12年くらい前でした。
金がないからループ出来ない、でも自分の気持ちを伝えたいと思い、毎回手紙を書いていたら、「なんで手紙に名前書かないの!?お返事送るから、名前と住所書いて!」と怒られた。次からしっかり名前と住所書いて、変わらず手紙を渡し続けた。当時はオタクネームもなく、今でこそアルターエゴというよりも、主人格を覆っているオタクネームだけれど、そんなわけで実直に自宅の住所と本名を手紙に書いていた。そのおかげで年明け年賀状が来た、ちゃんと一人ひとりにコメントを書いているんだろうという内容が嬉しかった。「一番手紙をくれた人かも」とか書いていた、最初だから加減がわからなかったんですね、でも全てはこういう小さなところから始まる。全ては地層のように積み重なる。
そこから、だけではないけれど、退所まで、あの人とはいろいろなエピソードがあった。光り輝く思い出だけど、ブログに書くようなものではない、でも誰かには言いたいので、みなさん直接会ったときに聞いて下さい。すべてが素晴らしいエピソードだった、なんの後悔もない。やり切りました。
振り返ると、ある時期毎週のように遊んでいた年上のオタクたちは、今の自分と同じような年ごろだったと思うと恐ろしい。あんな熱病のような季節はきっともう訪れない、良くも悪くも。みんな今も変わらずオタクをしているのだろうか。オタクとしての人生が終わったと書いたけれど、自分がオタクなのは永遠に変わらない、相手が一般人になっても変わらないし、知らせてくれるかわからないけど、結婚したりしたとしても、それは変わらない、ひたむきに幸せだけを祈っている、それは変わらないでしょう、だからみんなも変わらずオタクしてるんだろうな。
永遠にオタクといえども、もう他の人のオタクを楽しめるような感覚はない。この間マブの写真集お渡し会に行ったけれど、マブい以外の感想がなかった、そんなのは行かなくてもわかっている。ならもう行かなくていい。ほそぼそと写真集は買うと思います、写真集で見てマブいな〜って思うくらいが一番ちょうどいい。
つまり今は一般人女性のオタクというわけで、自分でもまずいな、と思ってます。早く救いが訪れることを祈ってる、これを見た女性の皆さん、コメントでもDMでもください、あなたの運命の人は、私です!
BGMは当然これ。
2022総括地獄
今年も変わらずパートナーもいない年末を過ごしている。今年はティンダーの人と一度も会わなかった。それなのに孤独に耐える力が年々弱くなっている。マッチングアプリ以外でパートナーを見つけられるとしたらライブハウスしかない、と思っているが、それこそ修羅の道である。
今年のM-1は初めて1回戦からほぼ全ての動画を見て、準決勝の配信も購入して、なのでかなり思い入れがあった。1回戦から通してずっと面白かったウエストランドが優勝したのは、漫才の魔法のような、美しさを感じさせる出来事だった。決勝の2本はウエストランドらしい井口が捲し立てるネタで、悪意はありつつも、揶揄をするというより、井口というキャラクターを笑う構図が見事だった。というかただ悪口だけを言わないということには、今年は1回戦からかなり自覚的だったと思う。決勝はその上であくまで一般的な話を井口というキャラクターに乗せてパーソナルな問題のように語る、その上手さが際立っていた。
ベストバイではないが、イッセイミヤケのトランクというバッグのA4の白を買って、カラバリもあるし使い勝手が良かったので、好きな人にも身につけて欲しいなと思い、黄色を買って無理やり送りつけた。キモ・オタクムーブ全開だが、それでもインスタで使ってる姿を何度もアップしてくれて昇天。自分のセンスで買い物をして、ひとが使ってくれるのを見ることがもっとも脳内麻薬が出るような気がする。よって誰かと一緒に服を買いに行きたい。プレゼントの話では以前に送りつけたマフラーも2年越しに使っているのを見せてくれたし、現場のない年ながらもオタクをしていて良かった、と思える1年でもあった。来年以降もまだまだオタクを続けます。ここにも書きます、吉川日菜子さん、大学院合格おめでとうございます。
今年は京都に三度も行った。どれもライブを見るためだが、旅行というか移動への耐久性が自分は人より低いのを実感した。そうした移動の辛さを忘れるため酒を飲みすぎて、大体次の日には終わっていることが多い。これも一人旅の醍醐味であるならばそれはそれまで。ただこの急な誘いに対応できない精神性みたいなものがずっと響いている。来週どう?くらいのスケジュールならいつでも誘ってください。
来年の目標は恋をするです。あと女性にブロックされない。どちらも大事に過ごしたい、平穏に。
最近
本を読めなくなって久しい。年金生活者になり、懐に余裕があるのと、世界への後ろめたさとで、本やレコードを買い漁っている。読めない本を買い漁るのは、読めないのではなく、読んでいない、という言い訳をするためなのかもしれない。
しかしパスポートの更新の書類を用意していて、必要な書類が何か、書面から全く理解できず、自分の文章の読めなさを痛感してしまった。
あんなに好きだった漫画も今はほとんど読んでいない。読めないから。
そんな中で音楽のいいところは気を抜いていてもいいところだ。ライブだって、途中からでもいい。歌詞が聞き取れなくたって、いいのだ。(歌詞は聞き取れなくては歌詞ではないと思うが)
文字が読めなくなって、よりグラビアの良さを感じるようになった。東阪みゆ曰く「乳と棒」のグラビアではない、瞬間のドキュメントとしてのグラビア、マイナスの世代である我々にはそれしか残っていないんですよ。
というわけで最近はもっぱら菊地姫奈さんのグラビアを追っている。彼女は写真集もとても良かった、出方こそ違えばポカリのCMなんかもあるような、そんな雰囲気のある人だ。あとは丸顔好きとしては天野ききさんが熱い。癖のある顔ですが、グルーヴがある。
いろいろ言いましたがグラビアは置いといて、やっぱり吉川日菜子さんが、自分の全てを握っている感がある。プレゼントした服をすぐ着てアップしてくれる、そんな優しさに甘やかされ他の世界が薄れてしまうような、濃密な人だ。ラララチャイナは最高。ららさんは天才です、本当に感謝。吉川日菜子さんがお酒を飲んでいる姿をガラス越しでいいので見たい、それが目下の生きる希望です。
余談ですが、おはガール練習生の現場があれば一度だけでいいから見に行きたい、と思いました。これも吉川日菜子さんのお陰です。
あるいは
まだマッチングアプリで消耗しています。
もろもろあり年金生活者になった。人生は不思議だ、全くの偶然からみなし公務員になったと思ったらうつ病になり、寛解したり再発したり(結果寛解はしてなかったということだが)で仕事をしたりやめたり、そういったもろもろが積み重なっている。
公立の施設はおおよそ無料でいくことができる、それだけで仕方無しに久々に美術館を巡っている。民芸の100年展とクリスチャン・マークレー展が同じタイミングでやっているのは、天啓か、というくらい美術史的な意味が重なる2つだが、後者の謎の若者需要、エクスペリメンタル・ミュージックなんて面白いと思って聞いているのは日本においては老人か、欧米人くらいのものだが、彼らはクリスチャン・マークレーに何を見出しているのだろうか。今回展示されているのはビデオアートとコラージュがメインで、エクスペリメンタルな雰囲気がない、というのは確かにあるかもしれないが、ビデオアートも完全にインダストリアル的な音楽の一表現であって、決してポピュラーではない、のはポップの概念を喪失した自分でもわかる。
そんな美術史のインサイダー取引という悪の側面の象徴のような2つの企画展と同時に行われている久保田成子展が、実に美術史という学問そのもののような企画展で、立体化された論文を読んでいるようだった。久保田成子自体はペクナムジュンやフルクサスなどと交錯しつつ、自身にはなんの才能もなかった(デュシャンへの傾倒がそれを際立ている)人物であると思うが、丁寧な分析、時系列で紐解く展示、これこそ学芸員の仕事の面白さだよな、みたいな感動がある。ある意味こちらのほうがインサイダーであるはずだが。
無料で美術館にいくことが出来ても図録などは当たり前だが定価で買わねばならず、美術館に行く=図録を買う、みたいなサーキットが出来上がっている身体にはなかなか厳しい。明日も図録のセールを回るため、美術館を2つはしごするわけだが、なんのための幸せなのかわからない。図録なんて読まないし。あとから手に入れようとするとめんどくさい、それだけの理由で買っているのだから、悲しいものだ。
外出=飲酒をしてもいい、というルールで生活しているのも、報酬のため無駄に外出をしているようで物悲しくなる。酒はなんだろうと美味い。
そういえばついこの間試聴室の大喜利に回答者として出演した。三沢さんから指名されたので仕方なく、というかそもそも出る前提でこの日来てね、と言われたのだが。大喜利はやってみると普段飲み会で話しているような無駄なことの延長という気がして、大滑りもしたのだが、滑る具合もわかってしまったので、恐怖とかも無くなってしまった。次回以降も指名されれば出る感じでいたい、なんだかんだ緊張するので出たくはないが。
仕事をやめました
仕事をやめました。
ここに至る経緯というか心の動きなどは書くまでもないので割愛。
「死なないように」と処方された安定剤が薬局に在庫なく、結果届いたのが3日遅れだった、そのあいだに死ななくて本当によかった。
自分は落伍者だというのを再確認したので、落伍者として生きる道を探したいと思います。
とりあえず今やりたいことは「グループ展」(終日在廊します!と言いたい)と、「セーラー服を着てラブホテルで写真を撮って"いただく"」ことです!
あと積極的にお酒の場に誘ってください、平日昼が狙い目です!以上!
Shinki Chen - Gloomy Reflections https://youtu.be/SqMacsZO_08
恋がしたい、2021
1年以上ぶりに就労を再開した。
転職先の仕事は、自分でなくとも誰でもできる、なんなら、この世からこの仕事がなくなったとしても、困る人間は1人もいない。波も風も立てない。労働のために作られた仕事をしている。仕事のために作られた労働をしている。
世界は労働によって保たれているという幻想を維持するため、誰もが労働をすることで世界に参画しているという既成事実を作るため。突き詰めれば、この世の仕事はそのほとんどが、労働を提供するために、無理矢理作り出されている。
自分の仕事は、「仕事から属人性をなくす」ことが仕事である。ようするに、仕事を誰でもできるよう整備していくのが仕事なのだけれど、始まった段階で、誰でもできるのだが、会社でそれに気づいているのは自分以外ひとりもいないようだ。怖すぎる。
全員が、自分が必要だと信じて疑わない、狂信者の祭りのなかに放り出されてしまった、羊よりもか弱い、このおれが。
仕事から属人性が排除された暁には、おれの仕事がなくなるのでクビ、としか今の段階だと思えないのだが、ともあれ、自分の仕事を奪うため日々働いている。そもそも、クビになる前に、また鬱が悪化して働けなくなる予感もしている。
なんにせよ、働けなくなるその日まで、無を無から無に移す、そんな仕事を続ける。終わりも始まりも見失った、迷路のような世界に閉じ込められながら。結局それだけですよ。他はぜんぶからっぽ。それがこの世、それだけです、マジで。
とりあえず今は恋がしたい、それだけです。